病院管理学会2026 講演まとめ

2026年10月24日(土)・25日(日)|自治医科大学

第64回 日本医療・病院管理学会学術総会講演まとめ(講演内容のみ)

テーマ:2040年に向けた医療の再構築 ―地域・現場・政策の交点で―

1日目(10/24)のまとめ2日目(10/25)は後日追記

一緒に参加した方々との共有用のまとめ。1日目の7セッションに共通した論点は5つ:

  1. 撤退戦と集約
  2. 売上ではなく粗利
  3. 見える化だけでは良くならない
  4. 平時に備える
  5. 人を育て、選ばれる
講演内容演者の発言と抄録にもとづく
(数値は要確認)資料で確かめられていない数字

各講演は「情報 → 要点 → 講演内容」の順。講演内容は閉じることもできます。

1日目 10/24

1日目(10/24)を通した要点

7つのセッションに共通して出てきた論点を5つにまとめる。

論点何が語られたか主な講演
1. 撤退戦と集約患者は増えず病床は空き、建替え費と人件費は上がる。「壮大な撤退戦」の中で、手術と高度医療は急性期拠点や大学病院に集め、高齢者救急は複数の病院が面で受ける。診療報酬も「均てん化」から「集約化」を評価する方向へ動き出した(ロボット手術は年200例以上に加算)121・113・162・151
2. 売上ではなく粗利高額薬剤の医療は売上が大きくても粗利が小さい。粗利の出る医療とのバランスが崩れると赤字になる。「1億円の増収でも、粗利率5%なら500万円しか残らない」。予算と実績を毎月見る113・122
3. 見える化だけでは良くならないダッシュボードを作っても、それだけでは変わらない。現場に行き、なぜできないかを一緒に考え、伴走する。制度も「設計なくして実装なし、実装なくして設計なし」112・122・162-4
4. 平時に備えるコロナの判断軸は医療の逼迫だった。分かっていた課題(デジタル化)を平時にやらなかった。いざというときの集約先を普段から決め、地域の医療を「強靭」にする114・112
5. 人を育て、選ばれる若手は「安心感」と「個別性」を求める。教育環境はゴルディロックス(ちょうどよい温度)。安い若手を集めるモデルは終わり、育てて仲間として迎える病院が選ばれる。看護師の特定行為・PAなど、職種の役割の見直しも要る151・113・114
1日目10/247セッション
10/24 9:00–9:50指定委員会企画

121 新たな地域医療構想に向けて

森恩・今村知明・小林大介

種別
指定委員会企画(事業委員会)
演者
森恩(厚生労働省)・今村知明(奈良県立医科大学)・小林大介(滋賀医科大学)
座長
今村知明・今中雄一(京都大学)/企画:森井大一(国立保健医療科学院)
抄録集
p.45–48
構成
森氏が制度の狙い、今村氏が病院経営の悪化と政策のねじれ、小林氏(地域医療構想アドバイザー)が富山県での実例

要点

  1. 新たな地域医療構想は、医療計画の一項目ではなく、2040年の医療提供体制の「前提」として位置づけ直された。2028年度末までに、急性期拠点を担う病院の名前まで決める。
  2. 3人の講演者が口をそろえたのは「日本の医療は壮大な撤退戦に入った」こと。患者は増えず、病床は空き、人件費と建替え費が上がり、病院は自主的に役割を絞らざるを得ない。
  3. 急性期拠点の選定は、件数だけでは決まらない。小林氏は、件数の中身(75歳以上の割合など)を見ずに選ぶのは危ないと強調した。
講演内容を読む講演内容を閉じる小見出し18・約10分

森恩(厚生労働省)「2040年に向けた地域医療構想について」

位置づけが変わった

  • これまでの地域医療構想は、医療計画の中で5疾病6事業と横並びの一項目だった。
  • 新たな構想は、まず2040年に向けた日本の医療の姿を考える「前提」であり、それを実行する計画として医療計画を作る、という順番に変わった。ガイドラインでも、構想の策定(2026〜2028年度)の次に第9次医療計画(2029年度頃)が来る。
  • 「ここの取り組みがよいので横展開してください」はもう通用しない。地域ごとに課題が違うので、各地域が住民と一緒に「うちの地域に必要な医療」を考える。

2040年に何が起きるか

  • 85歳以上の人口は2035〜2040年頃にピークとなり、その後も高い水準のまま続く。
  • 85歳以上の6割近くが要介護。一人では病院に行けない人に、医療をどう届けるか(来てもらうのか、こちらから行くのか)が問われる。
  • 救急搬送はすでに65歳以上が半分以上を占め、2040年に向けてさらに増える。要介護認定が増えるので、訪問診療の需要も増える。
  • 生産年齢人口はほぼすべての地域で減るので、医療従事者の確保が問題になる。AIやロボットを取り込むことが求められる。

医療機関機能の決め方

  • 構想区域を見直す → 必要病床数を出す → 各病院の医療機関機能(急性期拠点・高齢者救急・地域急性期・在宅医療等連携・専門等)を決める、という順に仕掛けを積んでいる。
  • 機能は病院が自主的に選んで報告する。そのうえで調整会議で「データを見ると、先生のところは急性期拠点を担えるように見えないが」と確かめ合う。
  • 「24時間手術できます」と言う病院は多いが、頻繁に手術している病院は思いのほか少ない(検討会の資料)。外科医1人・麻酔科医1人の病院では、手術中は次の患者を受けられない。本当に24時間対応するなら、1か所に集めたほうがよい。

高齢者救急こそが主役

  • 高齢者救急というと骨折を思い浮かべがちだが、実際は肺炎などの感染症が多い。「意識が朦朧としているので頭だと思って運んだら、感染症の発熱だった」という例も多い。
  • 必要なのは手術ではなく、早期の抗菌薬・適切な管理・早期のリハビリで、自宅や施設に早く戻すこと。「そちらをどんどん回していく」ことが求められる。
  • 機能の一覧で一番上に「高齢者救急・地域急性期機能」を書いたのは、これが今から最も求められる機能だという国のメッセージ。
  • 大学病院本院は「医育及び広域診療機能」として報告する。実際には急性期拠点として働いている大学病院もあるが、その場合も報告上のラベルは医育機能になる。

病床の数字

  • 前回の構想の必要病床数119.1万床に対し、2025年の病床数は116.4万床で、一定の役割は果たした。
  • 「回復期が足りない」と言われてきた。だが二次救急を受ける急性期病棟の中には、救急患者を治療して回復期の役割まで果たしている病棟が一定数ある。それが新しい「包括期」にあたる。
  • 必要病床数の推計では、2013〜2014年の数字から線を引くともっと増えるはずだった。だが2025年の実績は増えなかった。その差(効率化の効果)を「改革モデル」として推計に織り込んだ。
  • 外来はすでにピークを過ぎた。アクセスの確保が課題で、オンライン診療などの活用が要る。
  • 今回から精神医療も地域医療構想の対象になる。

今村知明(奈良県立医科大学)「医療を取り巻く施策と病院の経営悪化の現状と今後」

需要減少社会への適応

  • 2025年問題は「ここで終わり」ではなく「ここから始まり」。高齢者はもう増えないが、働く人は減り続ける。
  • 少子化が加速している。団塊の世代は1学年およそ270万人だが、昨年生まれたのは約67万人で、200万人の差がある。5年ほど前の推計では出生数67万人は2040年頃の見込みだったのに、15年も早まった。
  • 明治の頃に3,400万人ほどだった人口が、150年かけて増えた。これから100〜150年で、明治の水準近くまで減る見通し(数値は要確認)。「これから日本は壮大な撤退戦をしていかなければならない」。その医療側の答えが地域医療構想。
  • 就労人口は20年余り前の約8,600万人から、2040年には約6,000万人へ、2,500万人減る。その間に高齢者はおよそ倍になる。

旧構想は何をしたのか

  • 旧構想の本質は、急性期中心だった病床を回復期へ移す「病床機能分化」だった。
  • 当時の政府資料は「入院が必要な150万人のうち、機能分化すれば30万人は家に帰れる」とした。医療区分1の7割は病院にいなくてよい、という意味で、全国で大混乱になった。
  • 結果として医療区分1の入院患者は大きく減り(数値は要確認)、往診で何とかなる人は病院から出ていった。病床を増やさずに2025年を迎えた。

患者はどこへ行ったか

  • コロナ前は、新入院患者が約1.5倍に増えた分を、平均在院日数を27日から16日へ縮めて吸収していた。同じ病床数で受け入れていた。
  • コロナ禍で感染症が消えた(インフルエンザが2年間入ってこなかった)。新入院患者は約1,500万人から約1,380万人に減り、在院日数はほぼ変わらず、その分だけ稼働率が下がった。病床稼働率はコロナ前の76%から69%まで落ちた。
  • その後、新入院患者は戻ったが、在院日数の短縮は続いた。そのため稼働率は76%に戻らず、病床は空いたままになっている。
  • 入院が減った理由の一つが超過死亡。2022〜2023年頃は年140万〜150万人の死亡予測に対し、実際は年約160万人が亡くなった(3年間の超過数は、年あたりの差から見て30万人前後と考えられる。数値は要確認)。死亡前の1年には平均2か月ほど入院するので、病床3万〜4万床分、稼働率で3%ほどがこれで説明できる。
  • 抄録は、ほかの要因として、在院日数の短縮・受療行動の変化・施設や在宅への移行・ACPの普及による救急搬送の減少も挙げている。

経営悪化と、ねじれた三位一体改革

  • コロナの補助金がなくなると、病院の経営は一気に悪化した。病院の7割ほどが赤字で(数値は要確認)、今年度も厳しい見込み。
  • 医師の働き方も変わった。「10年かけて消化器外科を目指した医師の数と、1年で美容医療に移った医師の数が同じ」という強烈な話もある(診療科名は要確認)。
  • 病院の建替え費用が、この3年ほどで約2倍になった。1平方メートルあたり約50万円だったのが、いまは100万〜120万円(数値は要確認)。抄録には、建替えを断念する例が増えているとある。
  • 構想区域の目安は人口20万人以上だが、二次医療圏の半分近くがすでに20万人を切る。急性期病床は今66万床あり、4割くらい減らしてよいのではないかというのが、ガイドラインの中で一番しんどいところ。
  • 急性期拠点は人口20万〜30万人に1か所が目安。だが実際には、人口30万人ほどの区域で4つの病院が「うちが高機能病院だ」と言っている。1つに絞ると言えば、議論は終わらない。
  • 2027年までに方針を決め、2035〜2040年に向けて実行する。
  • 三位一体改革(地域医療構想・医師偏在対策・働き方改革)は並行して動いているが、互いに矛盾する。
    • 例:秋田・山形の産婦人科医は、2040年には今の人数でも余る。だが今は足りない。増やすと将来あふれるので増やせない。かといって「死ぬほど働いてもらう」ことは働き方改革が許さない。
    • コロナ禍では、医療に余力が要ると分かった。地域医療構想は効率を求める。効率と余力の両立を求められている。
  • そもそも病院が潰れてしまえば何も始まらない、という状態が今起きている。
  • 以前は他の病院のことに口を出すと怒られた。いまは「何とかしなければ」という共通理解がある。「自主的に動くかどうか」ではなく「動かざるを得ない」。「条件は揃った」ので、この1〜2年で動くことが望まれる。

小林大介(滋賀医科大学)「新たな地域医療構想を踏まえた、今後の持続可能な医療提供体制」

アドバイザーの仕事

  • ガイドラインが地域医療構想アドバイザーに求めるのは、データの整理と論点の提示、ファシリテーションを通じて協議を活性化すること。
  • 旧構想では「病床の必要量」ばかりが注目され、特に公立・公的病院の急性期病床を削ることが目的だと取り違えられた。本来の「地域で必要な需要と供給をどうするか」まで議論が進まない地域が多いまま、2025年を迎えた(抄録)。

富山県の例:構想区域の見直し

  • 富山県の人口は約100万人(すでに割り込んでいる)で、4医療圏に分かれる。新川と砺波は約10万人で、目安の20万人を大きく割る。高岡は30万人弱で、2040年には20万人台前半になる見込み(数値は要確認)。
  • 「富山を東西の2つに分けてもよいのでは」と言うと、かなり荒れる。
  • DPCで患者の流れを見ると、新川から富山医療圏への流出は全体で約5%だが、手術のある症例に限ると約20%。高岡も同じく約20%。
  • 高岡医療圏の射水市は富山市に隣接しており、疾患によっては40%以上が富山医療圏に流れる。理由は2つある。
    • 川(庄川)による歴史的な生活圏の分かれ
    • 病院の大学系列(射水の市民病院は富山大学系、高岡側は金沢大学系)による紹介の流れ

    医療圏の線引きを見直す必要があるかもしれない。

急性期拠点の目安と「件数の中身」

  • 病床機能報告のデータで「全身麻酔手術1,200件以上・救急車2,000件以上」という目安を当てると、該当するのは富山医療圏の病院だけになる(目安は他大学の研究者がウェブで公開しているもの。出典名は要確認)。
  • ただし件数だけで見るのは危ない。救急車の受入件数が中位の病院では、75歳以上が4割を超える。本来は高齢者救急として受けるべき症例が含まれている。
  • 富山県の救急搬送の推計はほとんどの病院で増えるが、増えるのは心不全・脳卒中・誤嚥性肺炎など高齢者の症例。3〜4番手の病院はむしろ高齢者救急に専念するほうが、地域の受入体制を保てる。
  • 増加が見込まれるのは大腿骨骨折・肺炎・誤嚥性肺炎・尿路感染症・心不全・脳卒中。乳がん・子宮頸がん・肺がん・白内障・消化器の良性疾患の手術は、減るか横ばい(抄録)。

南砺市の例:再編は決めるまでに時間がかかる

  • 南砺市には南砺市民病院と公立南砺中央病院の2つの公立病院がある。どちらからも約20分で市立砺波総合病院に行ける近さ。南砺市民の入院の3割は砺波総合病院に行っている。
  • 中央病院は整形外科が強く、市民病院は幅広く診る。だが同じ疾患を両方で診ていて、分散して非効率になっている可能性が高い。2040年には増える疾患がほとんどなく、減る疾患が多い。「急性期がメイン」と言っている病院ほど患者が減る見通し。
  • 市議会で説明すると紛糾した。だが先週金曜日に、南砺市民病院の再編が議会で決まった(再編の具体的な形は要確認)。小林氏が説明してから1年、議会の特別委員会ができてから1年半かかった。決めた後の実行はさらに大変で、2040年はあっという間に来る。

撤退で利益率を上げる

  • 新しいことを始めて少しでも利益を増やそうと考えがちだが、そうではない。ある機能を向こうの病院に寄せて自院はやめると、収益は減るが効率は上がる。それが地域にとってよいこともある。
  • 体重のたとえ:体重100kg・体脂肪率35%の人は、脂肪35kg・それ以外65kg。75kg・体脂肪率15%に痩せると、脂肪約11kg・それ以外約64kg。それ以外の重さ(=利益)はほとんど減らず、体は健全になる。どちらがよいかと聞けば、みな痩せたほうを選ぶ。経営は営み続けることが目的で、一時の利益の最大化ではない。
  • これまでは「何かを入れる → 患者が増える → 収益が上がる」という右上がりを狙ってきたが、利益は上がらなくなった。「やめると収益は減るが効率は上がる」点が、撤退を考える一つの基準になる。
  • 高額医療機器(手術支援ロボット)は危ない。医師確保のためにロボットを入れる病院が多い(ロボットが無いと研修医が来ない)。富山県でも、1台ずつ入れた病院どうしで件数がまるで違う。隣の病院が入れたからうちも、と入れて、ほとんど使われていない例もある。
  • 神戸市では放射線治療を1か所に集約し、日赤は装置の更新をやめることで経営を安定させた(地域医療連携推進法人の枠組みか。要確認)。
  • 大学から急性期拠点へ、拠点から地域急性期の病院へ、と医師を送る連携で、地域の医療を守る。
  • 「地域全体で一つの病院を経営しているような感覚で、他の病院をライバルではなく仲間と考える」。

講演で紹介された資料:地域医療構想策定ガイドラインの要点

  • 医療機関機能は5つ。高齢者救急・地域急性期と急性期拠点を、同じ病院が両方報告することはできない。
  • 急性期拠点は人口20万〜30万人に1か所が目安。選ぶときに見るもの:
    • 全身麻酔手術・緊急手術・救急搬送受入の件数
    • 人材確保の見込み
    • 建物の築年数と経営状況

    三次救急や災害拠点の指定があるだけでは選ばれない。

  • 急性期拠点は、他の病院が担うべき高齢者救急を必要以上に受けず、ダウンサイズすることを求められる。
  • 病床機能の「回復期」は「包括期」に変わる。75歳以上で急性期とされてきた患者は、半分を包括期の需要として推計する。
  • 必要病床数の計算に使う稼働率は、高度急性期78%・急性期83%・包括期87%・慢性期92%。ここに効率化の分(急性期系+1%、包括期+2%)を上乗せする。
10/24 10:10–10:55学術総会長講演

112 学術総会長講演:地域・現場・政策の交点から医療・病院管理学を考える

小池創一

種別
学術総会長講演
演者
小池創一(自治医科大学 地域医療学センター 医療政策・管理学部門、第64回学術総会長)
座長
今中雄一(京都大学)
抄録集
p.24–25
副題
2040年に向けた医療の再構築が問いかけるもの
演者の経歴
厚生省の医系技官として14年(統計情報部・岩手県・介護保険制度施行準備室・政策評価官室・UNAIDS など)。その後、東大病院の企画情報運営部と自治医大で、教育・研究と病院運営に携わる

要点

  1. 「再構築」とは、医療を支える仕組みどうしの関係を見直すこと。人材・患者のニーズ・病院経営・地域の体制・財政を別々に直すと、ある部分の解決が別の部分の負担になる。
  2. 学会64回のテーマの変遷は、関心が移り変わったのではない。病院を足場に、地域・提供体制・社会へと視野を広げ、「地域・現場・政策」をつなぐ学問として育ってきた歩みだった。
  3. 「設計なくして実装なし、実装なくして設計なし」(言い回しは要確認)。現場の優れた実践は制度に組み込まなければ広がらず、制度は実装の条件まで設計しなければ動かない。
講演内容を読む講演内容を閉じる小見出し11・約7分

出発点と問題意識

  • 原点は医学部4年の夏。北海道の医療過疎の村で、公衆衛生系サークルの地域保健活動に参加し、地域によって医療の受けやすさがここまで違うのかと衝撃を受けた。
    • きっかけは偶然だった。水泳部で北海道の大会に行くついでに、同級生に誘われた。「正直、活動の後の北海道旅行に惹かれて参加した」と小池氏は笑いを誘った。
  • 行政・病院・大学と立場を変えるたびに、見える景色も判断の基準も大きく違った。
    • 政策:社会全体の視点
    • 現場:目の前の患者さんと業務
    • 地域:医療を受けながら暮らす人々と、それを支える組織
  • そこで次の2つの条件を考えたい、というのが「交点」というテーマの由来。
    • 政策の目標を、現場で実行できる条件
    • 現場の工夫が、地域や制度に広がる条件

2040年の変化をどう見るか

  • 人口だけでなく、社会経済の環境・人口動態・患者や社会の意識・情報技術の4つが、同時に、互いに影響しながら変わる。
  • 同じ2040年でも、医療を必要とする人と担う人の姿は地域ごとに違う。病院への需要が変わっても、地域に必要な医療がなくなるわけではない。「どの機能を、どこで、誰が担うか」を考える必要があり、それが新たな地域医療構想につながった。
  • 医療を支える条件は、制度・財政・経営・職員が働き続けられる環境のすべてがつながっている。加えて、建築費と資材価格の高騰、建物の老朽化で、施設の更新そのものが医療を支える重要な条件になった。
  • 費用・人材・質など1つの指標だけで判断すると、他の部分への影響を見落とす。

想定患者「Aさん」で考える

  • 80歳、複数の病気を抱え、一人で暮らしている。これから増える姿。
  • 病気を治すだけでなく、治療方針の決定に参加したい、見慣れた地域で暮らし続けたい、という意識が強まっている。医療者には説明と意思決定支援の役割が求められる。
  • 本人の希望を確かめ、家族や支援者とつなぎ、医療と介護が退院後の生活まで見通す。病院の中で完結する成果だけでなく、その先の暮らしまでが医療の成果になる。

医療DXと生成AI

  • これまでの電子化は、紙の業務をそのままの手順で電子化したものが多かった。二重入力や確認作業が残り、非効率を抱えたまま処理の速さだけを上げた場面もあった。
  • 生成AIは文書作業を担えるようになり、仕事の手順や役割分担まで組み替えられる可能性が出てきた。
  • ただし、AIを入れれば自動的に良くなるわけではない。確認の手間・責任の所在・新たな入力作業も生まれる。
    • 何をAIに任せ、何を人が担い、何をやめるかを決める。
    • 患者と職員にとって本当に良くなったかを確かめる。
    • そのうえで、業務プロセス全体を設計し直す。

学会テーマの64回の歩み

  • 学会50周年の時点の整理では、第1〜50回のテーマは医療管理20回・医療経営10回・地域医療9回で、約8割を占めた。ほかに病院建築・情報システムがある。医療管理の範囲も、医療安全・薬剤管理・患者満足・看護・介護へと広がってきた。
  • 第1回(1963年7月、順天堂大学)のテーマは「診療所と病院の連携」。1979年に自治医大で開いた第17回は「21世紀の病院医療」。47年後に同じ自治医大で、今度は2040年を構想する。
  • テーマに映る時代:
流れ学会のテーマの例社会・政策の節目
高齢者医療1973年・1984年に老人医療・老年医療のテーマ1973年 老人医療費の無料化、1982年 老人保健法
医療と介護1999年 医療政策の新しい枠組み、2002年 暮らしの中の医療・福祉1997年 介護保険法成立、2000年 介護保険施行
情報技術1968年「病院とコンピューター」、2000年 情報システムと医療の質、2018年 AIとICT、2025年 身近な医療データを管理に生かす−
信頼2003年 透明性、2005年 病院サービスの信頼と保障−
持続可能性2010年代 医療政策と医療経営、2025年への挑戦、持続可能な地域医療2015〜2025年 地域医療構想、コロナ禍(効率と余力)
2040年2026年 2040年に向けた医療の再構築2024年 医師の時間外労働の上限規制、2025年 医療法改正
  • 技術は変わっても、「それを医療の質と日々の業務にどう生かすか」という問いは続いている。情報を使う側の話だけでなく、社会にどう説明して信頼につなげるかも問われてきた。

小池氏自身の仕事から

介護保険の制度づくり

  • 1998〜2000年、介護保険制度施行準備室で制度の設計と基準づくりに携わった。制度を、市町村や福祉の現場で機能する具体的な基準と運用に落とし込むのが大変だった。
  • 大学では、市町村の要介護認定データを使い、在宅高齢者の介護サービスの利用と要介護度の変化を評価する研究を続けている。
  • 関心はいつも2つあった。「制度をどう設計するか」と「その制度の下で人々と地域に何が起きるか」。

医師のキャリアと偏在

  • 医師届出票を個人ごとに追い、診療科ごとに、キャリアのどの段階でどこ(大学病院・病院・診療所)に勤めているかを分析した。年齢・性別を調整しても、勤務地によって地域への定着の割合が違う。地域枠や偏在対策を考える材料になる。
  • 診療科ごとの医師需給の推計では、医療ニーズ・将来の人口構成・患者の流出入を考える。1つの数字を出して終わりにせず、どの前提を置いたかを明示し、時代に合わせて更新できるようにすることが大事。
  • 医師の勤務実態調査(いわゆる10万人調査):平成28年と比べて長時間勤務は減った。ただし、診療科や地域による差が大きく、大学病院の勤務医では研究時間が減っている。
    • 労働時間だけを見ず、診療・教育・研究の全体にどう影響したかを総合的に見る必要がある。
    • 生産性を上げずに時間だけを短縮すれば、医療の提供に大きく響く。配置・タスクシフトとタスクシェア・ICT・地域での役割分担を組み合わせる。

自治医大附属病院の病床再編

  • 目指したのは、診療科や病棟ごとに閉じた「個別最適」から、病院全体で患者を受け入れる「全体最適」への転換。
  • 課題:
    • 病棟が小さいと、空床が少しずつ散らばる。看護師の配置も非効率になり、病棟薬剤師も病棟単位で置かなければならない。
    • どの病棟でも全科の患者を受ければ効率はよい。だが診療体制を大きく見直す必要がある。
    • 病棟ごとに患者数を細かく調整するには、情報基盤と意識改革を一気に進める必要がある。
  • 取り組みと結果(数値は要確認):
    • 集中治療の病床をまとめて、より上位の特定集中治療室管理料を算定できるようになった。病床の運用も柔軟になった。
    • 一般病床は建物が古く、1病棟36床と小さかった。隣の病棟と組み合わせて1つの単位にし、診療科の垣根を下げた。効率化と人員配置の効率化につながった。
    • 子ども医療センターでは、PICUと一般病棟の差が大きすぎた。HCUに相当する中間的な配置を置いて、患者の流れを滑らかにした。独立したHCUとして届け出るかは検討中。
    • 再編を重ねた結果、病床稼働率は90%を超えるのが普通になった。
  • 成功の理由:次の4者がよく協力した。「現場・政策の交点がうまく機能した例」と小池氏は振り返った。
    • 現場の医師・看護師
    • 診療方針に詳しい医事課
    • 施設基準を扱う総務課
    • 経営指標を見る経営戦略の部署

設計と実装の往復

  • 優れた制度も、実装の条件まで見なければ機能しない。始めることができても、続けることまで制度に組み込む必要がある。
  • 人は変化を恐れ、慣れで元のやり方に戻る。新しいことを始めた人は評価されるが、その人が去ると元に戻ることがよくある。持続の仕組みを設計の段階から組み込み、そのうえで柔軟に変えていく。
  • 現場の優れた実績も、制度に組み込まなければ広がらない。体系化しなければ、その現場の経験で終わる。この往復を、個人の経験から学会へ、次の世代へつなげたい。
  • 教育では、社会人向けの医療経営人材の育成講座の立ち上げや、自治医大1年生の医療政策学、県と連携した実習に取り組んできた。

これから問うべき研究課題

小池氏は課題を6つの問いに整理した。

問い何の問題か
効率化で、働き手とアクセスは守れるか人材を含む持続可能性。費用削減や労働時間の短縮が、人材確保・キャリア・アクセスにどう響くか。どこに重みを置くかで結論が変わる
建物は2040年の医療を支えられるか医療インフラの更新。病院の建物の老朽化のピークは2041年に来る。建替え費も高騰している。10月19日に病院団体と本学会の共同タスクフォースが「持続可能な医療提供体制」の中間報告を出した(団体名は要確認。会期中にこのセッションもある)
退院後もAさんは支援を受け続けられるか病院を越えた地域の仕組み。退院・紹介・在宅移行の接点で、責任と負担の分け方を検証する
同じ制度が、なぜ地域によって違う結果になるか政策の実装。地域医療構想と医療計画の議論に、研究で貢献する
AIで誰の負担が減り、誰の負担が増えるかデータとAI。ある人の負担が減っても別の人に移っただけかもしれない。患者の経験まで含めた成果指標で、全体の効果を見る
異なる専門家が、同じ問いを共有できているか知の統合。政策・経営・看護・建築・情報などに細分化した知を、「Aさんが必要なケアを受け続けられるか」という一つの問いで束ね直す
  • 共通するのは、誰と誰をつなぎ、どの条件で機能させ、誰の成果で評価するかを明確にすること。つなぐこと自体を目的にせず、何が良くなったかを確かめる研究にする。
  • 若い研究者へ:日々の仕事で感じる疑問を研究の問いにしてほしい。職種と職種の間に落ちている問題にこそ、重要な課題がある。
  • 学会が毎年開かれれば、2040年は第78回にあたる。14年後の総会長がこの場で何を振り返るのか。それは今日の会場にいる誰かかもしれない。
  • 結び:北海道の村にも、一人暮らしのAさんの地域にも、2040年は等しくやってくる。必要な医療とケアを受け続けられるかは、今、何を明らかにし、何を実装するかにかかっている。
10/24 11:00–12:00特別講演1

113 特別講演1:岐路に立つ日本の医療:大学病院の果たすべき役割と課題

永井良三

種別
特別講演1
演者
永井良三(自治医科大学 学長。元東大病院長、内閣府SIP第3期「統合型ヘルスケアシステムの構築」プログラムディレクター)
座長
小池創一
抄録集
p.30–31

要点

  1. 大学病院の苦境は、歴史がつくった構造から来ている。法律(大学設置基準)には、大学病院の目的として「診療」すら書かれていない。2004年の法人化では、借金の返済だけを背負わされ、減価償却の手当てはされなかった。
  2. 赤字の多くは、2つで説明できる。控除対象外消費税の補填不足と、粗利の少ない医療(高額薬剤など)への偏り。現場が粗利を意識し、毎月の予算と実績を管理する必要がある。
  3. 医局による医師派遣を制度に組み込むなら、任意団体の「派遣」ではなく、大学の身分を保ったままの「出向」にすべき。そして臨床医学は「医の倫理を基盤とし、患者中心の医療を行うための学術」だと再確認したい。
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歴史を引いて見る

  • 永井氏は大学に入った年に東大紛争が始まり、終わりまで見届けた。そこから、どんな変化も引いて見ないと分からない、歴史の俯瞰が大事だと学んだ。
  • 「史上初」と言われた東大紛争も、調べると江戸時代から同じことがあった。
    • 幕末の医学所では、松本良順が蘭学塾の講義の副収入(今の謝金に近い)を禁じて排斥運動が起き、福沢諭吉が学生を説得した。
    • 長崎の医学校では、学生が「大事に使い、書生に追い使い、豚小屋のような所に住まわせる」と訴えた。今の研修医や若手医師の不満とよく似ている。
  • 明治2年、佐賀藩の相良知安らの意見で「学校が主、病院はこれに付属する」形になった。順天堂の新聞広告には「東大病院は医学を主にし、治療は傍にし」とあった。
  • 医師は士族に列すること(医士)を願った。階級意識を土台に近代医療が入ってきたことが、今も言われる医師のパターナリズムの根にあるのではないか。ポンペは「貧富や身分の差別なく病人を救え」と教えたが、江戸から来た学生は受け入れられなかった。
  • 明治政府がまず求めたのは軍医の養成だった。東大卒の多くが軍医になり、陸海軍の委託学生制度(卒業後に軍医になる条件の奨学金)もあった。
  • 大学病院の診療は手薄だった。内科講座は教授1人・助教授1人・講師・助手数名で教育・研究・診療をすべて担い、教授は研究志向で臨床教育への関心が薄かった。
    • 当時は「教授になるには Geld(お金)・Geduld(忍耐)・Glück(運)の3つが要る」と言われた。無給だったからだ。
    • 法人化の2004年時点でも、教員の数はハーバードと一桁違った。

医療は国が管理し、提供は民間が担う

  • 明治10年代、西南戦争の後の松方緊縮財政で公費による県立医学校の支援が禁じられ、公立病院は大きく減り、私立病院が増えた。病院の8割を民間が占める今の構図は、このときできた(抄録)。これを変えるのは難しく、「腹をくくってこれで行くしかない」。
  • その代わり、日本は医師の間に差をつけなかった。民間病院でも地域でも帝国大学でも、医師は医師。だから専門医制度が遅れた。この体制のまま専門医と非専門医を分けようとすれば混乱が起きる。それが今回の専門医制度の混乱の一因だろう。
  • 1961年の国民皆保険で患者は激増したが、医師は不足していた。
    • 戦時中に医師養成を急増させた(本土決戦・軍医の養成)反動で、戦後は医師を減らし続けていた。指導医の立場から見れば、若手が来ると思ったら減っていく。そこに皆保険で需要が膨らんだ。
    • インターンと無給医局員が大学病院の重要な労働力になり、違法状態のインターン制度への反発が60年代の医学部紛争の発端になった(抄録)。
    • 1969年の総定員法で公務員の数に上限ができ、国立大学病院の看護師は少ないまま抑えられた。
  • 皆保険の導入時に、文部省と厚生省は「保険診療が大学病院の教育研究に支障をきたさないよう、適当な措置を講じる」という了解事項を交わした。今は完全に空手形になった。
  • 永井氏が卒業した頃は「医者は金のことを言うな」「赤字でいい」と言われ、研究用の試薬まで病院の薬局で買ってくれた。そう教わった人たちが上に立ったとき、本当に病院経営ができるのか。

2004年の国立大学法人化

良くなったこと悪くなったこと
総定員法が外れ、医師・看護師を増やせた運営費交付金の病院分(全国で約584億円)が10年でゼロになる仕組み(その後また増えた)
地方財政再建法が外れた(SARSのとき、私学は東京都の支援を受けられたが国立は受けられなかった)財政投融資で建てた建物・設備の借入金約1兆円を、病院の責任で返すよう求められた。他の学部は返さないのに
労働基準法・労働安全衛生法が適用され、健康診断も受けるようになった(働き方改革につながる)引き継いだ施設の減価償却費は手当てされなかった。「交付を忘れたのではないか。ぜひ調べてほしい」
  • 2003年12月15日、今村知明氏と財務省に行き「これでは大学病院が潰れます」と訴えた。担当の主計官は「潰れていただいて結構です」と答えた。
  • そこから頑張り、国立大学病院の収益は約6,200億円から令和6年度に約1兆4,148億円へ、2倍以上になった。借入金約1兆円も返した。だが薄利多売で収益はほとんど残らず、建物の老朽化で新たな借入れがまた膨らんでいる。
  • 大学の経理は連結決算なので、大学病院の経営の実態が見えない(抄録)。

医師派遣と大学病院の位置づけ

  • 厚労省は2026年、特定機能病院の要件を改め、地域への医師派遣を条件にした(抄録)。
  • だが医局は任意団体。会社の親睦団体が「4月から辞めてあっちへ行ってくれないか」と言うのと同じだ。支配従属の関係で就職先の斡旋を定期的に行えば、労働者供給事業にあたり職業安定法違反のおそれがある。本人の自由意思でなければ違法。
  • 自治医大は約200人を、大学の教員の身分のまま出向させている。身分は続き、退職金も積み立てる。制度にするなら「派遣」ではなく「出向」にすべき。
  • そもそも大学設置基準では、大学病院は「医学・歯学の教育研究に必要な病院」とされ、診療すら明記されていない。そこに地域貢献をどう位置づけるのか。
    • 最近は厚労省と文科省が一体で、大学病院を地域医療構想に組み込む流れになった。協議の場で大学病院が重要な役割を担うのは、自治医大の使命から見てもよい。ただし法的な位置づけをきちんとすべき。
    • 文科省の資料では、大学病院の使命(教育・研究・診療・地域貢献)の土台に「安定した経営基盤」が置かれている。永井氏は「その土台には医の倫理を書いてほしかった」と言う。
  • 2006年の教育基本法改正で「深く真理を探究して新たな知見を創造する」が大学の目的になった。真理の探究が目的になると、臨床医学の研究まで「メカニズムを解明していない」と裁かれかねない。実態を可視化する研究も重要だ。
  • 永井氏が座長を務めた検討会の報告書(医学教育・運営費交付金のあり方)でも、大学病院の地域貢献の位置づけは「検討が必要」にとどまり、曖昧なまま。支援を求めるなら、附属病院の財務状況(借金の額など)を明らかにすべきだ、とも主張した。

赤字の正体:消費税と粗利

  • 控除対象外消費税:病院が払う消費税は、診療報酬への上乗せで補填される仕組み。だが自治医大で計算すると、補填不足は年6.5億〜15億円になる。大学病院の赤字の3分の1から半分はこれで説明できる。
    • 例え:大学の行事で幹事が費用を立て替えたのに、大学が「全員の給料に何%か上乗せして返す」としているようなもの。投資の多い大学病院ほど不公平になる。
    • 領収書に基づいて還付する制度(支払基金)を作るべきだ。
  • 粗利の偏り:高額な薬剤は、病院の手元に残る差額がわずか(例:0.33%、マイナスのものもある)。厚労省は「薬剤費は戻ってくるからよい」と言う。
    • だが病院には粗利の少ない医療と、手術のように粗利の出る医療がある。粗利の少ない側に傾けば、病院は赤字になる。粗利の出る医療を同時に回す必要がある。
    • その意識が現場には無く、病院もぼんやりしている。高額薬剤を使う医療には技術料をつけるべきだ。
  • 予算と実績を毎月見る(「三本線」):永井氏が2004年の東大病院長時代に始めた。予定の医療収入・実際の収入・経費の3本を毎月積み上げて比べる。中間決算(分かるのは11月ごろ)を待たない。
    • 自治医大の令和5年度は、収入が予定より十数億円少なかったのに、経費は10億円以上多く使っていた。合わせて約25億円の差になった。
    • コンサルタントはこうした予実管理を知っているが、聞かないと教えてくれない。こちらも勉強して相談すれば、よい知恵が出る。

人材:特定行為研修とPA

  • 昭和26年の通知で、静脈注射は看護師の業務の範囲外とされた。平成14年に変わるまでそうだった。「検査に遅れると電話しておいて」と頼んだら「それは看護の仕事ではありません」と言われた。チーム医療が無かった時代の話。
  • 特定行為研修の修了者は増えたが、厚労省の目標(10万人規模)にはまだ遠い(数値は要確認)。
  • 日本は外科医が足りないと言うが、人口あたりでは米国より多い。心臓外科医は約3倍いて、1人あたりの手術数は約3分の1(数値は要確認)。
    • 米国ではフィジシャン・アシスタント(PA)が手術を支える。例:コロンビア大学では、PA 30人以上と外科医6人で、年間約1,500件の開心術をしている。
    • 大学病院では、PA的な役割の人をどう増やすか、特定行為研修の枠でできるのか、業務を広げるのか、議論が要る。

研究:伸びているのは私学の臨床医学

  • 日本の論文のうち臨床医学の占める割合が急速に増え、米国並みになった。最も忙しいはずの臨床医学が、日本の論文数を支えている。
  • 国立大学の臨床医学の論文数は30年間ほぼ横ばいで、科研費の新規採択も10年で10%下がった。私立大学は論文数が4〜5倍、科研費の新規採択が20%増えた(抄録)。
    • 論文の上位に私学(慶應・順天堂など)が増えた。国立大学は、何とか保っている大学と大きく落ちた大学に二極化している。
  • 研究は、理論 → 実用化 → 社会での実践 → 社会からのフィードバックと検証 → 新たな仮説、と回す。その中心に倫理(ELSI)とビッグデータ・AIがある。
  • SIP第3期の取り組み:
    • SS-MIX2で複数の大学病院の電子カルテをつなぐ「観測網」。ブラックホールを撮影した世界中の電波望遠鏡の連携のように、各病院のデータを合わせる。
    • 退院後も手紙や電話で予後を追う。九州大学の的場先生を中心に、3年で約20本の論文(多くは学位論文)が出た。
    • 厚労省の医療DXは全国に広く浅く。こちらは限られた施設で深く。両方で支える。
  • 令和5年度の補正予算240億円で、医療に特化した国産AIを作り始めた。汎用のGPTを国産で作るのは無理でも、医療に特化すれば戦える。
    • 永井氏は10年かけて一人で、内科学会地方会の症例報告約3万例の診断の木(病名・病態・所見のつながり)と辞書を作った。いずれAIに要ると分かっていたが、自分の頭を鍛える「脳トレ」でもあった。
    • これを日本の汎用LLMの開発プロジェクトに入れると、同規模のモデルの中で下位からトップになった。規模だけでなく、現場に長く蓄積された暗黙知をAIに教えれば、小さな予算でも戦える。
    • ほかに、眼底写真のスクリーニング、CTの異常検出、冠動脈の判定などのAIを進めている。心電図583万枚・レントゲン74万枚・DPC45万件などのデータを、拠点ではなくネットワーク型で使う。
    • 「自分たちの医療情報を大事にしなさい。匿名化の業者にただで出すのではなく、プロフェッショナル・オートノミーとして扱う」。

求心力としての医の倫理

  • 医学には、寄り添う医療(ヒポクラテス)、機械論(病理学)、EBM、公衆衛生と、考え方の違う流れがあり、互いに仲が悪い。専門分化はすべてを一人で学べないから起きたが、AIを使えば個別の対応も可能になる。その中心にあるのが倫理。
  • 蘭方医はフーフェラントの『医戒』を学んでいた(緒方洪庵の訳で幕末のベストセラー)。
    • 「病者を視るは、弓矢の的のごとくなるべし。弓矢のごとくなすべからず」。患者は目的であって手段ではない(カントの考え)。
    • 「害なき時は、高価な薬を捨て安い薬を使え。国の出費を減ずるは医の職分」。厚労省が聞いたら喜ぶような教えが19世紀初めにあった。
  • 医の倫理の教えは、明治以降もカリキュラムではなく文化として伝わっていた。
    • 松本順が書いた明治の版
    • 山口県萩市で医師に配った非売品
    • 昭和8年の南山堂『内科診療の実際』の見返しに載った『医戒』12条
  • 専門が分かれて批判し合っても、共通の原理がある。それが医の倫理で、プロフェッショナリズムの核。大学も医療全体も、それで束ねていくことが大事。
  • 世界の大学と比べると、東大病院の規模はハーバードの14分の1、スタンフォードの10分の1ほど。人員も3分の1から7分の1。大学病院には研究が要る。大学附属の臨床研究所と、地域医療までケアするヘルスケアシステムを大学が作るべきだ。

抄録の結び

今後、大学病院は、診療と地域との連携を大学設置基準に明記し、財務を独立させて健全な経営を目指すべきである。何よりも臨床医学とは「医の倫理を基盤とし、患者中心の医療を行うための学術」であることを再認識する必要がある。

10/24 12:15–13:15ランチョンセミナー1

122 ランチョンセミナー1:生成AI時代における病院経営の新たな可能性

佐藤寿彦・讃井將満

種別
ランチョンセミナー1(共催:株式会社プレシジョン)
前半
佐藤寿彦(株式会社プレシジョン 代表。現役の総合診療医。座長を兼ねる)
後半
讃井將満(自治医科大学 集中治療部、附属病院 副病院長。抄録集には記載なし)。麻酔・集中治療医で、マイアミで6年研修し、自治医大さいたま医療センター副センター長を経て2023年から附属病院。遠隔集中治療がライフワーク
抄録集
p.142–143(佐藤氏の分のみ)
注意
企業共催のセミナーで、製品の紹介を含む。効果の数字は共催企業の発表で、第三者の検証は見ていない

要点

  1. 令和8年度の改定で、生成AIの文書作成や音声入力を使うと、医師事務作業補助者1人を1.3人分に数えられるようになった(要件は改定資料で要確認)。AIで浮いた分を人員配置の評価に回せるようになった。
  2. 自治医大附属病院は、令和5年度に過去最大の41億円の赤字(数値は要確認)を出し、「経営緊急事態宣言」から3年で赤字を大きく減らした。声をかけただけで稼働率は85%から88%に上がった。
  3. 讃井氏の結論:「見える化しても、それだけでは決して良くならない」。なぜできないのかを現場と一緒に考え、伴走し続けることが要る。
講演内容を読む講演内容を閉じる小見出し14・約7分

佐藤寿彦氏:生成AIと診療記録・経営管理

改定と、海外の動き

  • 今年の診療報酬改定で、生成AIを使った文書作成システムと、医療文書の音声入力システムが評価に入った。医師事務作業補助者1人を1.3人分に数えられる(例:5人いれば6.5人分)。これまで「何人いるか」「何対何か」で決まっていた評価を、AIで効率化した分だけ上乗せできる、画期的な改定だと紹介した。
  • 背景には、医師の燃え尽きと過重労働がある。医師の3人に1人ほどが燃え尽きを訴えている。
  • 米国では、医師の口述を書き起こす人の仕事が、AIのアンビエント記録(診察の会話を聞いて記録を作る仕組み)に置き換わりつつある。記録時間の短縮や燃え尽きの減少が報告されている。
  • ただ米国では、記録の量で診療報酬が変わる。AIで記録が厚くなり請求件数が増えた結果、保険会社が一律に支払いを下げる動きも出てきた(要確認)。

診察室の音声記録

  • 診察室にスマホを置くだけで、会話から記録を作る。専門用語を学習させており、大手のAIより精度が高いと紹介した(自社比較)。電子カルテとの連携がうまくいかないときは、QRコードで受け渡す。
  • 利用者の声:
    • 外来50人を診る診療所。初診は20〜30分かかり、スタッフが昼食をとれず、夕方に残業していた。補助者を2人にして時間を縮めていたが、AIは1人で2人分と変わらない働きをした。午前30人ほどを診ても、昼過ぎに食事がとれるようになった。
    • 忙しくて要点しか書けなかった記録が、漏れなく書けるようになった。時間の短縮だけでなく、記録の質も上がった。
  • 富士通などと連携して全国に導入している。日本語入力(漢字変換)にAIを使う仕組みも開発中。

診療科別の粗利の見える化

  • 業務が効率化して生まれた時間を、病院の改善に回すには目標管理が要る。この9年で医薬品と材料費が上がり、経営は厳しい。
  • だが医師は「どの患者さんを診れば病院に貢献するのか」が見えていない。「100万円稼いで」と言われても困るが、「○○の患者さんを何人診れば目標に届く」なら動ける。
  • 例:ある疾患の患者126人は、平均在院日数23.6日で、1日あたりの粗利は約9.3万円。診療科の平均は約14.5万円(数値は要確認)。1日あたりの粗利が高い患者を増やす計画を、シミュレーションで立てる。
  • 診療科別・医師別に粗利を見るダッシュボードで分析すると、1日あたりの粗利が最も高いのは、ICUを使う予定手術だった。
  • 手術・薬剤・材料・加算(救急の加算など)まで分解すると、高額薬剤を使う患者は粗利がほとんど残らないことも見える。

讃井將満氏(自治医大附属病院 副病院長):見える化と経営改善の実例

病院の現状

  • 附属病院は約1,000床で、子ども医療センターを併設している。病床を少し減らして運営している(数値は要確認)。
  • 病床稼働率は今年度89.8%で、「ようやく世間並みになった」。
  • 令和5年度に過去最大の約41億円の赤字。令和7年度の決算では大きく減った。
    • ただし同じ私立医大の中でも、藤田医科大学や関西医科大学のような「超優等生」がいる。自院は「超劣等生からようやく抜け出したくらい」と讃井氏は言う。

職員の経営リテラシー

  • 経営の現状を包み隠さず伝え、「赤字は赤字」だと正確に話す。なぜそうなったか、どうすればよいかを職員全員に理解してもらう。そのための教育の機会を用意した。
  • 医師は「お金のことを考えるな」と育てられてきたので、拒絶反応が起きる。だが、きちんと説明すれば分かってくれる。
  • 損益計算書の赤字には、減価償却費や退職給付の引当金など、現金が出ていかない項目も含まれる。減価償却は「事業を続けるための積立て」だと理解してもらい、まず損益の均衡を目指す。
  • 法人は減価償却引当特定資産として、建替えなどのために貯めるべきお金を積み立ててきた。だが10年間で42%減り、本来貯めるべき額の約20%しか貯まっていない。
  • 原因はコロナ前の成功体験にある。当時は今の体制で十分やっていけた。建物は立派で部屋も多いが、それが今は固定費の重い足かせになっている。損益分岐点が高く、より多く稼がないと収支が合わない。
    • 他の私立医大と比べて、人件費・委託費・減価償却費などの固定費が高い。
    • 高額機器の台数を減らす取り組みもしているが、長期戦になる。
  • なぜ放置されたのか。組織の風土と、執行部のガバナンスの弱さだという。会議でこう言って反論した人は1人もいないので、皆が心の底では気づいていた。
    • スライドでは、根本要因として次の5つを挙げた:縦割り主義・事なかれ主義・前例主義・できない理由を探す・執行部のガバナンスが弱い。
    • 「まず人をください」「まず箱を作ってください」ではなく、まず手持ちの人と箱で稼働を上げてから始める。
    • 縦割りを越えて、同じ方向で頑張ろうと院内のあちこちで話した。

粗利で考える

  • 医師がよくする勘違い:高額薬剤の診療は売上が大きいので、病院に貢献していると思いがち。だが薬剤費・材料費を引いた粗利(正確には限界利益)は小さい。
  • 「1億円の増収でも、粗利率5%の診療なら500万円しか残らない。薬剤・材料費が20%の診療なら、同じ1億円で8,000万円赤字を減らせる」。高額薬剤の診療をするなら、粗利が出る入院診療も併せてしっかりやろう、と繰り返し伝えた。
  • 子ども医療センターは規模が大きく、薬剤の比率が非常に高い診療科の一つになっている。

旗を揚げる:経営緊急事態宣言

  • 2024年3月18日に「附属病院経営緊急事態宣言」を出した。システムの改善は何もしていないのに、声をかけただけで稼働率は約85%から88%に上がった。
  • 最初は皆「苦しい」と言うが、苦しい状態が普通になると人は慣れる。その間にリテラシーが上がり、自分たちで改善しようという動きが出る。
    • 消耗品削減コンテスト、節電コンテスト
    • 使用上限額の設定。高額な薬剤は原則として新規採用しない

    副作用として外来の診療単価が下がったが、効果は出た。

日々の見える化(IBMの電子カルテのデータ)

  • 病床稼働率を毎日更新する。全体・7対1病棟・子ども医療センター別に、病棟別・診療科別にも見られる。どの病院も同じだが、週末と連休に稼働が下がる。
  • 共用の病床を増やして患者を集める取り組みで、稼働率は88.9%から89.8%に上がって安定した。今年は91%が目標。
  • 執行部が主導してベッドコントロールを行い、経営への貢献が高い、ICUを使う外科系の予定手術の入院を増やした。在院日数はDPCの入院期間II以内に収まるよう集約した。
  • 新入院患者数を日々積み上げ、診療科ごとの目標達成度を病院のポータルサイトでいつでも見られるようにした。
  • 大学病院は予定入院の割合が高い。予定入院の需要を見るために待機リストを整備中。入院予約から入院までの日数を横軸、予定入院患者の割合を縦軸にして、診療科ごとに表示する(実装はこれから)。
  • 高額注射薬の使用額は月ごとの差が大きい。月ごと・診療科ごと・累積で表示し、「高額な月は1人を来月に回してください」と平準化を頼み始めた。
  • 自己注射の薬を院内で処方していて、薬剤費を病院が負担していた例が見つかった。診療科に協力を頼んでもまだ半年で約5億円ある。院外処方に切り替えられるものは切り替える。「現場に行って話を聞き、データを細かく見ないと、騙される」。

手術枠の共有

  • 前週の水曜日に枠調整会議を開き、翌週水曜から翌々週火曜までの空き枠を外科系の医師全員で共有する。空いた枠はどんどん取ってもらう。
  • 手術件数は、令和4年度まで9,000件台だった。令和5年度に1万件を超え、令和6年度は約1万500件。システムを入れてさらに約800件増えた(数値は要確認)。
  • 目標の1万2,000件は、人員(麻酔科医など。要確認)がボトルネックで届きそうにない。

診療科の目標管理(プレシジョンの経営管理システム)

  • 理想は、医師一人ひとりが経営者の感覚を持つこと。開業医は細かいところまで自分で管理している。大学を出て開業するときに初めて学ぶのではなく、若いうちから学んでおくべきだ。
  • 使い方:
    1. 執行部が、大学と病院で決めた年間目標を、診療科ごと・四半期ごとに割り振る(前年実績より何%増か)。
    2. 診療科が計画を立てる。売上ではなく粗利を意識する。
    3. 疾患カテゴリーごとに「月に何人増やせば届くか」が見える(例:泌尿器科は、ある疾患カテゴリーで月1人ずつ増やせば目標に届く)。
    4. 患者1例ごとにDPCと紐づけ、何にどれだけコストがかかったか、在院日数と点数の関係まで分かる。
    5. ダッシュボードでリアルタイムに見る。達成できない理由を、対話形式で答えてもらうことも試している。
  • まだ導入の途中で、既存の目標(新入院数・新規患者数など)と重ねながら少しずつ入れている。

経費の削減

  • 金額が大きい経費は医師が関わる。医師の行動が変わらないと、価格交渉の結果が経費の削減に結びつかない。「A・B・Cのどれでもよいなら、一番安く妥結したBを使ってください」とはっきり発信する。
  • 材料のベンチマークシステムで、同じ製品を他院がいくらで買っているかを見る。1社の独占にさせない工夫で、最安値で買えるようにした。
  • 1病院では限界があるので、群馬県のモデルを参考に、5病院での共同購入を11月に始めた。各病院の購入価格を見せ合い、交渉の材料にする。地域医療連携推進法人を作らなくてもできる、共同調達・共同物流の第一歩。
  • 医療情報システムの保守費は、なぜその額なのか分からない。ベンチマークのデータを持つ会社に評価を頼んだ。

結び

  • 見える化は大事だが、それだけでは決して良くならない。「頑張るぞ」と旗を揚げれば一時は数字が良くなるが、長続きしない。
  • なぜできないのか、その原因を現場の人と一緒に考えて手を打つ。そのためには、常にリアルタイムで見てもらえる仕組みが要る。それがこの3年間で分かったこと。
10/24 13:30–14:30特別講演2

114 特別講演2:パンデミックの教訓を2040年の医療再構築へ:強靭な地域医療システムの確立

尾身茂

種別
特別講演2
演者
尾身茂(公益財団法人結核予防会 代表理事、JCHO名誉理事長。自治医大1期生。元WHO西太平洋地域事務局長、新型コロナウイルス感染症対策分科会 会長)
座長
野田博之(自治医科大学 卒後指導部長/地域医療学センター 医療政策・管理学部門)
抄録集
p.32–33

要点

  1. 日本の対策の哲学は「感染対策と社会経済の両立」。強い対策を打つか緩めるかの判断で最も重視したのは、医療の逼迫だった(ハンマー&ダンス)。
  2. 結果として、人口あたりの死亡者は欧米よりはるかに少なく、GDPの落ち込みは欧州より悪くなかった。「勝負は前半で決まった」。一方で、平時にやるべきこと(デジタル化など)を分かっていながらやらなかった課題が残った。
  3. 2040年に向けては、平時から地域完結型の医療を土台に、有事に広げられる「強靭な地域医療システム」をつくる。いざというときにどこに集約するかを、普段から決めておく。
講演内容を読む講演内容を閉じる小見出し12・約9分

自治医大1期生として

  • 尾身氏が入学した頃、キャンパスには看護学校・体育館・学生寮・運動場しかなく、病院もまだ建設中だった。
  • 1年生は暇だったので、建設現場で手伝いをした(お酒も飲ませてもらった)。「その後、雨漏りしたのは我々のせい」と会場を沸かせた。

感染症の死亡を歴史で見る

  • スペインかぜ・アジアかぜ・SARS・MERS・今回のコロナの死亡者を並べると、コロナは「100年に1度の危機」だった。
  • 一方、コロナの3年間を除けば、成人の感染症で最も多くの人を殺してきたのは、以前も以後も結核。結核は過去の病気ではない。
  • パンデミックの途中から「致死率が下がったのでインフルエンザと同じ」という声が出た。だが死亡者の数で比べると、コロナはインフルエンザよりはるかに多い。

2009年の反省は生かされなかった

  • 2009年の新型インフルエンザの後、日本・香港・台湾・シンガポール・マレーシア・韓国などがそれぞれ検証を行った。国の事情は違っても、提言は共通していた。
    • 医療情報・疫学情報のデジタル化
    • PCR検査の能力の強化
  • 他の国は実行したが、日本は特にデジタル化をほとんど実行しないままコロナに直面した。ハンディを背負って始めた。

各国の戦略と、日本の「ハンマー&ダンス」

型例中身
封じ込め中国(ゼロコロナ)・ニュージーランド・欧州の一部ペナルティつきの厳しいロックダウンを長く続け、ある時点で一気に解除
緩和スウェーデン社会経済への打撃を避けるため強い対策はとらず、重症化しやすい高齢者に最善の医療を提供
両立日本感染をある程度抑えつつ、社会経済への影響を最小限にする
  • 日本は、最初から両者の中間を狙ったわけではない。当時は何も分からなかったからだ。結果として両者の間のようになった。
  • ウイルスは武漢株からアルファ、デルタ、オミクロンと変わり、状況は一定でない。どの状況なら感染対策に軸足を置き、どの状況なら社会経済に置くか、判断の基準を示しておかないと、判断が恣意的になる。
  • 感染者数・重症者数・死亡者数も見るが、最も重視したのは医療の逼迫。医療が崩壊に近づけば強い対策(緊急事態宣言)を打ち、改善して安心できるようになれば解除する。これを「ハンマー(打つ)&ダンス(緩める)」と呼んだ。

第1波と第8波の違い

  • 死亡者が最も多かったのは第8波。それなのに、緊急事態宣言も重点措置も出していない。逆に、死亡者が極めて少なかった第1波で、2020年4月7日に最初の緊急事態宣言を出した。
  • 第1波では、患者を受け入れられるのは、人工呼吸器・感染症の専門家・陰圧室がそろった一部の病院だけだった。東京都の駒込病院の感染対策の責任者は「長く院内感染対策をしてきたが、こんなに恐ろしい思いをしたことはない」と語った。特定の病院で逼迫が起きたので、宣言を出さざるを得なかった。出すと逼迫は1か月ほどで和らぎ、解除した。
  • 第8波で強い対策をとらずに済んだ理由:
    • 多くの人がすでに感染し、ワクチンを打っていた。治療薬も出てきた。
    • 最も重要なのは、コロナの患者を受け入れる病院の数が圧倒的に増えたこと。厚労省・自治体・病院関係者の努力による。
  • パンデミックの中盤、「致死率が下がったのだから早く対策をやめればよい」という声があった。専門家は、最終的には5類へ移行すべきと政府と議論していたが、中盤では早すぎると判断した。
    • 致死率が10分の1に下がっても、感染の伝播力がそれ以上に上がれば、死亡者は増える。実際にそれが起きた。
    • ウイルスの特徴は致死率だけでは語れない。伝播力と医療の逼迫を合わせて考えないと片手落ちになる。

クラスター対策の発見

  • 最初の緊急事態宣言の前の約2か月は、宣言を出さずにクラスター対策で抑えようとした。
  • 押谷仁氏ら日本の疫学者が、世界に先駆けて矛盾に気づいた。
    • 2003年のSARSでは、接触者から次々に発症者が出た。だが今回は、接触者を調べてもほとんど感染していない。個人のレベルで見ると、感染の広がり方は非常に非効率に見える。
    • ところが欧州では、地域全体で見ると爆発的に広がっていた(オーバーシュート)。
  • 仮説:5人の感染者のうち4人は誰にもうつさない。残る1人が、カラオケやライブハウスのような「密」の条件を満たす場所に行くと、一気にクラスターができる。
  • 国内のデータですぐに検証すると、感染者の約80%は誰にもうつしていなかった。この仮説の正しさは論文で世界に示された。

結果:死亡者とGDP

  • 人口100万人あたりの累積死亡者数で、日本は欧米よりはるかに少ない。途中のある時点を境に見ると、前半は欧米の増え方が急で、日本は緩やか。後半は欧米も対策を学び、増え方の傾きはほぼ同じになった。勝負は前半で決まった。
  • 社会経済への影響の代わりにGDPの落ち込みを見ると、日本は米国並みで、欧州(OECD諸国)よりやや良かった。感染を強く抑えれば経済の打撃は大きくなると思われがちだが、実際はそうではなかった。
  • 「良い・悪いという評価ではなく、ファクトとして共有したい。次に備えて反省すべきことももちろんある」。

うまくいった背景(完全な合意はない、と前置きして)

  1. 初期のクラスター対策:感染者の過去の行動をさかのぼり、共通の場所を突き止める後ろ向きの疫学調査が、初期には効いた。だが日本は財政難で保健所の数と職員を減らしてきたため、感染が増えると保健所の能力を超えた。職員は疲れ果て、クラスター対策だけに頼れなくなり、緊急事態宣言を組み合わせた。
  2. 医療・保健の関係者の努力:大きなストレスの中で、保健所との連携やワクチン接種などを担った。
  3. 日本人の行動:同調圧力と否定的に捉える人もいるが、多くの人が協力した。データがある。
    • 情報効果:緊急事態宣言の前から、報道などの情報を見て人々が行動を変えた。
    • 介入効果:宣言が出ると、さらに上乗せで行動が変わった。
    • 情報効果は高齢者で大きく、若者で小さかった。若者が「年寄りの病気だ」と感じたのは責められない。女性は男性より協力的だった。健康リテラシーの高さともいえる。
  4. 強弱の調整:ロックダウンや宣言を出し続けず、医療の逼迫に応じて対策を強めたり緩めたりしたことが、GDPへの影響を小さくした。

次のパンデミックへの課題

  • 政府と専門家の関係:どの国でも問題になった(英国・ドイツ・米国も大変だった)。政府は財政や国民の支持を含めて全体を見て、専門家は科学から命と医療を守ろうとする。視点が違うので意見が分かれるのは当然。日本は比較的よいほうだったと思う。新たな組織ができ、解決に向かうと期待したい。
  • 医療の逼迫:日本の医療は世界トップクラスで、死亡者も少なかった。それなのに緊急事態宣言を何度も出し、若者は青春を奪われ、高齢者は施設に閉じこもり、飲食店は経済的な打撃を受けた。
    • 逼迫したのは医師や看護師が努力しなかったからではない。日本の医療制度の問題。病床あたりの医師・看護師は少なく、国は民間病院に強く出られない。
    • 紙の計画でベッドを増やすだけでなく、医療制度の問題を根本から考えるべき。設置主体の違う病院が多数あり、議論はしても決まらない。病院の統合は大変だが、今から考えておかないと同じことを繰り返す。
  • リスクコミュニケーション:
    • 初期は政府と専門家の言葉が素直に届いた。だが最初の宣言が終わる頃から変わった。多くの人は何度も波が来るとは思っておらず、「もう1回我慢すれば終わる」と思ったらまた来た。さまざまな人が根拠のある話もない話もするので、市民は誰を信じればよいか分からなくなった。
    • 報道は対立や劇的な話を好む(WHOで学んだ「3つのD」。要確認)。それは読者のニーズでもあり、良い悪いではない。
    • 例:検査をめぐる分断。「全員検査すべき」と「戦略的に使うべき」が朝から晩までテレビで対立した。2020年7月頃、厚労省や経済界の委員と約3週間かけて検査の考え方を整理した。
      • 症状のある人は検査する。
      • 無症状の人は2つに分ける。陽性の確率が高い人(濃厚接触者、接待を伴う飲食業の従業員など)は、地域の感染を下げる効果があるので優先して公費で検査する。確率がほぼゼロの人(安心して取材に行きたい記者など)の検査は、個人の安心には役立つが感染対策には役立たないので自己負担で、とした。
      • だが翌日、取り上げた新聞は一部だけだった。Go Toキャンペーンをめぐる与野党の対立にかき消された。
    • 意見が違っても合意はできなくても、相手がなぜそう言うのかを理解し、少し納得できる枠組みが要る。仲介する第三者(メディエーター)が有効なことも分かっている。平時に訓練しておくべき。
  • デジタル化:各地域で努力しているが、スピードが遅く、ばらばら。国がもっとリーダーシップを発揮すべき。良くなってはいるので、さらに加速してほしい。

なぜ専門家が前面に出たのか

  • 2020年2月、政府はクルーズ船の対策に全力を注いでいた。専門家は世界の感染症ネットワークからの情報で、この病気の本質をつかんでいた。
    • 2003年のSARSは6か月で制圧できた。発症してから半日〜1日半たって初めて人にうつすので、接触者を見張り、症状が出たらすぐ隔離すれば抑えられた。
    • 今回のウイルスは、潜伏期の人や無症状の人がうつす。これを聞いた瞬間、「半年では絶対に終わらない」と分かった。地域ではすでに、気づかれないまま感染が広がっていると判断した。
  • この不都合な事実を市民に伝えなければ、「知っていたのになぜ言わなかったのか」と時代の審判に耐えられない。だが記者会見で市民に語りかけるのは専門家の仕事ではない。専門家の仕事は、情報を分析して国に提言することで、それ以上でも以下でもない。
    • 2月13日に政府へ手紙を書いたが、動きがなかった。2月24日の専門家会議の参考資料として、前日に見解を出した。NHKがそれをつかみ、政府経由で夜のニュースでの説明を求められ、厚労省も了承した。
    • その後、記者会見には数百人が集まり、国会の予算委員会では総理大臣の横に座った。専門家がずっと前面に出る状況になった。これは不健全で、次回は何とかしたい。孫に「おじいさんはいつ帰ってくるのか」と言われ、嫌がらせも受けた。

提言:2040年に向けて

  1. 平時にやる:日本は危機が起きると、ボランティアも政府も自治体も頑張る。だが「喉元過ぎれば熱さ忘れる」。分かっていながらやらないのは、失われた30年の背景と共通する。やるべきことは平時にやる。
  2. 医療提供体制:今回は、ベッドが足りなくなるたびに患者を他の病院へ移した。連携は当然だが、それだけでよいのか。いざとなったらこの病院に集約する、ということを普段から考えておく。スライドの言葉では「医療提供体制の構造的見直し:困ったらどこに相談するか」。
  3. デジタル化のさらなる促進。
  4. 国と自治体の関係:医療の権限は県にあり、国は方針を作る。もっと自分でやりたい県も、国にしっかり言ってほしい県もある。各地域に分析できる能力が要る。平時はよいが、緊急時のルールはある程度決めておく。
  5. 双方向の共創的なリスクコミュニケーション。
  6. 公共の利益と、個人の権利・自由とのバランス(スライドに挙げられた項目)。
  7. ワクチン:今回は輸入に頼るしかなかった。いまはパンデミックが始まってから100日でワクチンを作る「100 Days Mission」に、政府・企業・研究者が取り組んでいる。
  8. 下水サーベイランスの全国展開:人の流行の数日前に立ち上がりを予知できる、天気予報のようなもの。ワクチンと同じくらい大事。
    • 結核・ポリオ・バイオテロ・薬剤耐性にも使える。
    • 韓国はかなり進み、欧州は人口10万人以上の自治体に義務づけている。日本はまだ一部の地域だけだが、質は高い。
    • 厚労省と国交省が関わるので、両省と一緒に進めている。前日には岸田前総理にも会った。

抄録が示す方向性

パンデミックを想定していない医療制度、サージキャパシティ(急増に対応する余力)の不足、医療機関間の調整の難しさ、デジタル化の遅れが課題として顕在化した。2040年に向けては、平時から地域完結型の医療を土台に、柔軟で拡張できる医療体制を築く必要がある。そのために次の取り組みを進め、有事にも持続できる「強靭な地域医療システム」を確立する。

  • 医療機関・保健所・自治体の連携の強化
  • 一次医療の機能の強化
  • 医療人材の多能工化
  • データ連携の高度化
10/24 14:40–15:30一般演題

162 一般演題:診療報酬・DPC

古元重和・吉村健佑・中部貴央・五十嵐凌

種別
一般演題(口演4題)
座長
東北大学病院 メディカルITセンター(抄録集の表記は「桵澤邦男」)
抄録集
p.166–168
演題:
  • 162-1 ロボット支援下内視鏡手術に関する診療報酬上の評価 ―高度先進医療にかかる政策転換の方向性―(古元重和・北海道大学)
  • 162-2 厚生労働省DPC研究班における研究成果の体系的整理(吉村健佑・千葉大学医学部附属病院。本学術総会のプログラム委員長)
  • 162-3 DPCデータを用いた大学病院本院における高度医療提供体制の検証:コロナ前後における高難度手術件数の比較分析(中部貴央・東大病院 国立大学病院データベースセンター)
  • 162-4 生成AI動画を活用した検査の「院内査定」削減効果の検証(五十嵐凌・さやま総合クリニック)

要点

  1. 令和8年度改定で、ロボット手術の評価は「効果が同じなら同じ点数」から一歩踏み出した。年間200例以上の施設に限って15万円の加算がつき、政策の軸足が「均てん化」から「集約化」へ移りつつある(162-1)。
  2. 大学病院本院は、最も難しい手術(外保連の技術度E)を一般病院の約4.3倍の水準で行っており、さらに集約が進んでいる可能性がある(162-3)。25年続くDPC研究班は、2028年度に決まる急性期拠点が看板どおりの成果を出しているかを評価していく、と述べた(162-2)。
  3. 算定ルールを満たさず請求できなかった検査(院内査定)は、院内査定の多い医師3名に生成AIで作った解説動画を事前に共有し、個別面談を行ったところ、3か月目の月あたりの額が介入前より55.6%減った(162-4)。
講演内容を読む講演内容を閉じる小見出し8・約8分

162-1 ロボット手術の評価はなぜ変わったか(古元重和氏)

改定前と、2つの政策課題

  • 手術支援ロボットは、ダビンチに加え国産のhinotoriも普及している。
  • 改定前、ロボットを使うと高く評価される術式は6項目だけだった。原則として、有効性と安全性が従来の腹腔鏡手術と同程度なら、ロボットを使っても使わなくても同じ点数。患者の受ける利益と自己負担を考えれば筋の通った考え方だった。
  • だがロボット手術はコストが高く、現場からは悲鳴が上がっていた。担当者が直面した課題は2つ。
    • 効果が同じなら評価も同じ、という原則
    • 外科医が減る中で「手術をすればするほど赤字」が進めば、外科の手術そのものが続けられなくなる
  • 実際の対応:
    • 人工膝関節と直腸の手術は、学会がロボットのほうが有効だというエビデンスを出したので、評価を上げた。
    • 26の術式で、ロボットを使った場合に15万円を加える新しい加算を作った。ただし算定できるのは、ロボット手術を年間200例以上行う施設に限る。
  • 年間200例以上の施設は全体の約3割。だが症例数で見ると約6割になる。国民の側から見れば、6割の人が加算のつく施設で手術を受けている。

加算はどう決まったか

  • 中医協の資料・議事録、がん対策の5つの検討会の議事録を調べ、改定の担当者にも話を聞いた。
  • 改定前年の8月、がん対策の検討会の取りまとめが節目になった。これまでのがん医療は均てん化を進めてきたが、持続可能にするには再構築が要る。高度な技術は一定の集約を進める。症例の多い施設ほど治療成績がよい、というデータも示された。
  • 12月5日の中医協で、支払側(保険者)が鍵となる発言をした。「コストに着目して評価を見直すなら、急性期拠点病院の集約化の方向も踏まえ、実績に着目して重点的に対応すべき」。診療側からは「ロボット1台で行える限界は年間200〜250例。200例やっていればかなり頑張っている」という発言があり、200例という基準が見えてきた。
  • ドミノの最初の札が倒れると、その後の2か月で「多数の手術を実施する施設に、年間実績に応じた新たな評価を行う」と決まった。具体的な点数は、年末の改定率が決まってから設定された。

考察

  • 中医協はたくさんの議題を扱う「巨大な戦艦」で、方針を大きく変えるのは難しい。関係する検討会で、改定前年の夏頃までに方向性を整理しておき、それを中医協に持ち込むのがポイント。
  • がん医療は拠点病院による均てん化を進めてきた。だが人材確保や高額機器の更新が難しい中、集約化を評価する方向へ政策の軸足が移りつつある。放射線治療やゲノム医療などにも、同様の評価が広がる可能性がある(抄録)。

質疑

  • 問い:集約する場合、受け入れる側の能力(技師・医師などの人員)はどう評価されるのか。
  • 答え:人員と導入資金をなんとか賄える施設に集約する、という考え方だと思う。放射線治療は地域性もあり難しい。薄く広くではなく、どう集約するかに、今日集まった世代が向き合うことになる。

162-2 DPC研究班の25年(吉村健佑氏)

  • DPC研究班は25年前から続く。松田晋哉氏・伏見清秀氏らが育ててきた研究班を、今年4月から吉村氏が代表として引き継いだ。
  • DPC病院は約1,800。データ提出加算の病院まで含めると約3,000(数値は要確認)。14桁の診断群分類は日本独自の設計。当初から病院管理に使えると見越し、経営分析の手法の開発やレセプトの電算化、NDBとの接続まで進めてきた。
  • 研究班の目的は、病院経営のためでも利益の最大化でもなく、「社会の厚生水準の向上」(松田氏)。吉村氏は「先輩方の思いを継ぎながら、縮小の時代をどう生きるかが自分の使命」と語った。
  • 研究を支えるのは、算定用とは別に集めている研究用のDPCデータで、約1,100病院が提供している。毎月、厚労省の医療課と政策課題を洗い出し、提供病院には公開データの分析法やツールを還元している。
  • 研究の3つの柱:
柱中身
診断群分類の開発・検証終わりのない作業。病名選択・様式間の整合性・未コード化傷病名・不明コード・持参薬・再転棟など、データ精度と病院経営の両方にかかわる課題を明らかにしてきた(抄録)
入院・外来医療の評価制度を変えたときに医療の提供がどう変わったか。外来のEFファイルで糖尿病などの医療の質の指標も検討した
他のデータベースとの連結・データの妥当性レジストリ・レセプト・介護データとの突合など
  • DPCの制度設計は、伏見氏・林田氏らが英語論文(Hayashida et al., J Epidemiol 2021)にまとめている。
  • 研究班の成果を整理すると、直近3年分で約300本の論文が見つかった。多くは医療の評価で、制度・政策の研究や他のデータベースとの連結の研究はまだ少ない。
  • 注目の研究:AIで約1,600万人分のDPCデータを分析し、約77万種類の医療コードを約200種類に圧縮して表す手法を開発した。次のDPCの設計に直結する、データのあり方そのものの研究。
  • 外来医療でどんな指標が適切かを提案した研究もある(中医協の資料に反映)。
  • 無料のDPCデータ分析セミナーを年6回開いている(次回は11月7〜8日・沖縄)。対象はデータ提供病院と、提供の意思がある病院。「院内で合意を取って、データを提供してほしい」。
  • 質疑で今後について問われ:
    • 2028年度に急性期拠点の指定が始まる。急性期拠点が看板どおりの成果を出しているかを、きちんとフィードバックして公表する必要がある。それにDPCデータが使える。
    • 外来・在宅など、DPC病院では見えない身近な医療も、データを突合して分析できるようにしたい。

162-3 大学病院は難しい手術を集めているか(中部貴央氏)

  • 背景:新たな地域医療構想では、大学病院本院に「医育及び広域診療機能」が求められる。特定機能病院のあり方検討会でも、高難度手術の集約と「地域の最後の砦」の役割が改めて定義された。症例の多い施設ほど手術の死亡率が低い。だがコロナ禍と医師の働き方改革を経て、集約が進んだのかは全国規模で検証されていない。
  • 方法:
    • 高難度手術:外保連試案の技術度D以上(専門医以上が行うべきもの)。技術度Eは手術時間が3倍以上、関わる医師も平均3〜4人。
    • DPC研究班のデータで、2019年度と2024年度の両方にデータがある大学病院本院75施設と、一般病院(400床以上)236施設。
    • 一般病床数を調整し、医師少数区域を共変量にした回帰分析(GEE・負の二項回帰)。
  • 結果:
指標技術度D以上技術度E
2019年度の件数(中央値)大学病院 1,317 / 一般病院 638記載なし
大学病院の一般病院に対する比(病床数などを調整)1.32倍(95%CI 1.17–1.48)4.30倍(3.47–5.32)
一般病院の2019→2024年度の変化0.94倍(微減)微減
大学病院の推移の差(交差項)0.97(0.92–1.03)=推移の差は明確でない1.22(0.98–1.52)=集約が進んでいる可能性(95%CIは1をまたぐ)

注:括弧内は95%信頼区間。「比」は病床数などを調整した大学病院と一般病院の比、「交差項」は2019→2024年度の変化が病院の種別で違うかを表す。

  • 考察:大学病院本院は、最後の砦として高難度の医療を担っている。技術度D以上では、2019→2024年度の推移に大学病院と一般病院で統計学的な差は認められなかった(交差項 0.97、95%CI 0.92–1.03)。その背景として、既存の診療能力や働き方改革による役割分担が背景にあるかもしれない。働き方改革で手術の生産性が上がったわけではない、という研究もある。一律に症例を増やすより、難易度と専門性の高い医療に重点化することが、機能分化の鍵になる。
  • 限界:技術度だけを見ており、領域別の分析はこれから。
  • 質疑:
    • 集約が進んだ理由はこの分析からは言えない。技術度Eの手術にはロボット手術など、機器と人のそろう大学病院が担いやすいものが増えている。
    • 地域ごとの違い(都市部とそれ以外)は大きいはずで、今後分析したい。

162-4 生成AI動画で「院内査定」を減らす(五十嵐凌氏)

  • さやま総合クリニックは、埼玉石心会病院の外来機能を担う。27診療科、レセプトは月約1万5,000件。
  • 「院内査定」とは、医師が必要と判断して実施したのに、算定ルールを満たさず請求できなかった検査のこと。主な原因は病名の記載不足と、同月の併算定不可など回数・上限の超過。診療報酬を取り損ねたうえに、検査の委託料もかかる二重の損失になる。
  • 全医師・全検査を年間で集計すると、22,360件・約1,990万円。最多はHbA1cで8,662件・約424万円(全体の21%)。それまで管理者も全体の規模を把握していなかった。
  • 解決には医師に算定ルールを理解してもらうしかないが、3つの壁がある。
    • 忙しい医師は、メールや紙の通知を読まない。
    • 複雑な算定ルールを診療の合間に読み解くのは、認知の負担が大きい。
    • 事務員にとって、医師の誤りを指摘するのは心理的な負担が大きい。
  • 介入:
    1. GoogleのNotebookLMで、算定ルールの解説動画を作り、面談の前に医師へ共有する。動画は、医師への感謝から入り、主な検査の算定のポイント、院内査定の額、最適化の意義で締める構成にした。指摘からではなく感謝から入る。
    2. 面談で、事務員がその医師の個別データと詳しいルールを説明する。
  • 対象:院内査定の多い常勤医3名(循環器内科2名・糖尿病内科1名)の、それぞれ上位3項目。3名の年間の院内査定は約438万円(全体の22%)。
  • 結果:
時点(医師3名・各上位3項目)月あたりの院内査定額介入前との比較
介入前(1年間の月平均)364,749円−
1か月目310,530円−14.9%
2か月目230,200円−36.9%
3か月目161,810円−55.6%
  • 3名に共通するHbA1cでは、糖尿病内科の医師の査定率が38.7%から1.2%に下がった。3名合計のHbA1cの査定額は月113,476円から31,360円へ、72.4%減った。
  • 数字以外の変化:
    • 医師が概要を理解した状態で面談に来るので、個別データの確認から始められ、限られた時間を要点に使えた。
    • 「動画はいかがでしたか」が面談の入り口になった。ルールの説明は動画が担っているので、事務員は「誤りを指摘する人」ではなく「確認・補足する人」として話せた。説明した本人も、心理的な負担が下がったと実感した。
  • 限界:対象は3名、期間は3か月。今後は対象を広げる。
10/24 15:40–17:30プログラム委員会企画

151 若手医師の本音から考える、選ばれる病院づくり

吉村健佑・三澤園子・志水太郎・医学生4名

種別
プログラム委員会企画(副題:経営層・指導医のための次世代人材理解セッション)
企画・座長
吉村健佑(千葉大学医学部附属病院 次世代医療構想センター)・三澤園子(東京科学大学)
講演者
三澤園子(東京科学大学 脳神経病態学分野)・吉村健佑・志水太郎(獨協医科大学 総合診療医学講座)
医学生の演者
平井貴大(山口大学6年)・安原昌紀(京都大学5回生)・佐々木怜美(横浜市立大学3年)・萱原慎太郎(千葉大学4年)
抄録集
p.103–110
医学生4名の発表
抄録による

要点

  1. 教育環境は、熱すぎれば燃え尽き(バーンアウト)、ぬるすぎれば育たない(ボアアウト)。目指すのは「ゴルディロックス(ちょうどよい温度)」で、その温度は人によって違う(三澤氏)。
  2. 都内の大規模な研修病院が「安い若手を集め、保険診療の差額を利益にする」モデルは「絶対にダメ」。若手を集めれば勝てる時代から、若手が育ち、地域の需要に合った病院が選ばれる時代になった(吉村氏)。
  3. 若手のキーワードは「安心感(心理的安全性と、将来が見えること)」と「個別性(自分にとってどうか)」。若手が上級医に一番求めるのは、知識より「責めずに一緒に悩んでくれること」(志水氏)。
講演内容を読む講演内容を閉じる小見出し4・約8分

吉村健佑氏:今考える「若手医師に選ばれる病院」とは

  • 演者には、先日マッチングを終えた医学部6年生をはじめ、若い世代が集まった。彼らはあっという間に指導医になって現場に立つ。世代を超えて議論したい。
  • 医師の数:1970年代の「一県一医大」構想で医学部が増え、人口あたりの医師は増えた。それでも問題が残る理由は2つ。
    • 医療が高度化・専門化し、1人の医師が担える領域が狭くなった。
    • 偏在している。地域の偏在、診療科の偏在(リハビリ・形成外科・放射線科などは増え、外科は減っている)。人口増加と経済成長の時代に、医師に開業と診療科選択の自由を大胆に認めてきた枠組みでは、全体最適から遠ざかる。
  • 女性医師の就業率は、登録後12年目に最も低くなる。育ってきた優秀な女性医師が活躍できる場を、制度として、戦略的に作る必要がある。一方で、76歳でも医師の半分が働いている。息の長い仕事でもある。
  • 医師の働く場は、大学病院・勤務医・開業医(平均60歳前後)、そして最近は保険外(自由診療)。自由診療が悪いわけではないが、そこだけに人が流れては困る。日本は強制加入の保険なので、一定の範囲の保険診療を受けられるように保障しないと、保険そのものが維持できない。
  • AIによる診療支援は急速に良くなり、人間が介入すると診断の正確さが下がるという研究まで出ている。医学教育6年と臨床研修2年の教え方そのものが古いのではないか。10年目・20年目をどう考えるかから見直したい。保険診療は「有効性と安全性が示された行為を手順どおりに行えばお金がもらえる」仕組みで、そこから新しい価値は生まれない。研究・開発と人材育成が要る。
  • 労働時間:年960時間を超えて働く医師がいる。2036年には地域医療確保の特例水準(B水準)が廃止され、それまで労働時間は減り続ける。「今大丈夫だ、で大丈夫なわけがない」。
  • ロボット手術:「うちにロボットが無いから若い外科医が来ない」という論理で、日本中に何台配備され、どれだけ稼働しないまま放置されるのか。「それはものすごく害で、悪だ」。年200例以上に限った加算(162-1)は、選択と集中の表れ。人材育成と制度設計と病院管理は一体。
  • 2026年に押さえるべき変化(6点のうち):
    • 制度の変化:2018年に新しい専門医制度が始まり、「専門医なんか要らない、俺は臨床能力で尊敬される」という武勇伝の時代ではない。
    • 価値観とキャリアの変化、心理的安全性。
    • 採用の変化:都内の大規模な臨床研修病院は昔から、人件費の安い若手を集め、保険診療の価格は同じなのでその差額を利益として他の職種に配分するモデルを取ってきた。「果たしてそれでよいのか。絶対ダメだと思う」。若手を保険診療の労働力の一部ではなく、大事な次の世代として、どんな付加価値を示せるか。
    • 若手を集めれば勝てる時代から、若手が育ち、地域の需要に合った病院でなければ公益性が無い時代へ。

三澤園子氏:教育環境の適温はどこか?―令和の若手育成を考える―

  • 結論から:熱すぎると燃え尽きる(バーンアウト)。冷たすぎると、最近の言葉でいうボアアウト(退屈による意欲低下)になる。だから「熱すぎず冷たすぎず」のゴルディロックスがよい。ただし適温は人によって多様で、きめ細かな配慮が要る。病院管理者は、ゴルディロックスの中でも冷たい側ではなく、底上げしながらよい環境を作りたいはずだ。
  • 平成から令和で変わったこと:
    1. コンプライアンス重視がとがってきた。
    2. 業務量がとても増えた。27年前の脳神経内科は治る病気がほとんどなく「診断したら終わり」、教育も「背中を見ろ」だった。今は治療が増え、内科の専門研修の指導、医療安全、倫理審査の手続きなども増えた。病院経営が厳しく人も増やせない。指導者層・管理者層の業務がとても増えている。
    3. 医局の求心力が下がった。医局からの医師派遣は、何の報酬もなく医局長と教授が頭を下げて回す、ボランティアの仕事。昔のような強制力もない。3人体制の病院が2人になれば致命的だが、頼んでも断られ続け、心が折れそうになった。
  • 戦略(指導する側):
    • ハラスメント対策:意識の高い人ほど、ハラスメントを恐れて必要な指導までできなくなっている。パワーハラスメントの定義を正しく伝えることが案外できていない。トップが「ハラスメントは許さない。しかし必要な指導はする」と覚悟を示す。それでもハラスメントをする人には、上位職がフィードバックする。訴えられたり拡散されたりすればその人の立場も危うくなるので、その人を守るためでもある。ただし院長がハラスメントをしたら誰も止められない。「自分は大丈夫と思う人は、真っ白か真っ黒のどちらか」。時々自問してほしい。
    • ダウンサイジング:忙しい状況では良い指導はできない。業務を意図的に減らす。定期的に業務を棚卸しし、新しい事業は最初から期限付きにし、1つ増やしたら1つ減らす。だが一度始めたことには必ず抵抗勢力ができ、やめるのはとても難しい。その最初の一手の打ち方が「戦略的ダウンサイジング」(三澤氏の動画が公開されている)。
  • 戦略(若手を迎える側):
    • よい教育環境は、よい人が来てこそできる。仲間(ピア)がよくないと、皆勉強する気にならない。
    • 地理的に不利な病院は人を送りにくいが、魅力でカバーできる。三澤氏の医局でも、一番遠い病院の一つが一番人気になった。
    • 院長クラスは自院の魅力を高める必要を自覚しているが、部長クラスは「医局が出してくれるからいい」と認識がずれていることがある。認識を合わせ、魅力を高め、それを必ず発信する。

志水太郎氏:若手医師に選ばれる総合診療科を目指して

  • 指導医をやりたい人はとても少ない。仕事の半分は炎上の火消しと雑用だ。だが雑用の中にも成長の機会があり、臨床能力につながる。雑用と単純作業はAIでかなり減らせるようになった。
  • 学生もいずれ何らかの形でリーダーシップを持つ。プレイヤーであってもリーダーシップが無いと全体最適の仕事はできない。「自分がリーダーだったらどうするか」というメタな視点を持って働くとよい。
  • 部長として、人を集めてくるのが一番大事。魅力のあるチームでないと人は来ない。今の若い人は非常にシビア。
  • 若手が見ているのは研修内容だけではない。Z世代のキーワードは2つ。
    • 安心感:心理的安全性に加え、キャリアへの安心感。将来が見えること。
    • 個別性:今の若い人は、上の世代よりずっとプラクティカルに考え、自己実現にシビア。こちらがチャンネルを合わせる力が、指導医の側に求められる(長文を送るとLINEで短く返ってくるが、それが「普通」)。
  • 聞くと並ぶキーワードは「臨床を伸ばしたい」「自分の将来が描けるか」「相談しやすいか」。初期研修と後期研修では、募集の訴求の仕方が違う。後期研修は自分の生業を決める段階なので、その科にしかない特殊性をピンポイントで伝える。
  • 大学病院の総合診療科の専門性は「診断が難しい患者の診断」。この20年で診断の考え方は大きく変わった。診断エラーこそ医療の最大級の課題で、診断が遅れたり誤ったりする背景には6つ以上の問題がある。治療も、患者の状況も、患者中心性も関係するので、全部を見なければならない。だから総合診療に合う。
  • 臓器に特化したいという気持ち(専門性と、先輩が多いことによる安心感)もよく分かる。だが多くの若手には「いろんな患者にちゃんと対応できるようになりたい」という原体験もある。ならば両方取ればよい。75歳まで働くとすれば医師人生は50年。最初の3年ほどを全身を見るトレーニングに投資してから特化する、という道を見せる。アカデミア・起業・行政など、どこにも行ける基盤を作っている、と見せることが安心感と選択肢の広がりになる。
  • AIにできない、人間の温かみや柔軟性は残る。米国の研修で、1年目のインターンが上級レジデントに一番求めるものを調べると、手技や知識ではなかった。「自分を責めない。何かあったら一緒に悩んでくれる」が一番だった。すぐ相談できること、自分のやったことが本当にできているかを確かめてくれること(キャリブレーション)が大事。
  • 結論:キャリアの選択肢をはっきり示し、オーダーメイドで、学習者中心に、自己実現と成長が期待できる環境をつくる。

医学生4名の問題提起(抄録による)

演者題主張
平井貴大(山口大6年。元NHK記者)「選ばれる病院」か「仲間を迎える病院」か学生の本音の判断基準は、地域・待遇や休暇・成長の機会・見学時の雰囲気・友人や先輩の存在。だが病院の発信は「豊富な症例」「丁寧な指導」「地域に根ざした医療」と、どこにでも当てはまる言葉に収束している。自身は、研修医が自院を愛着を持って語る姿や、地域を牽引する人との出会いで研修先を決めた。病院が「誰に選ばれたいか」を定め、若手との偶発的な出会いを戦略的に設計し、労働力ではなく仲間として迎える
安原昌紀(京大5回生)二年の先を見据えた研修・教育とは何か各病院の教育が、修了後の長いキャリアの医師像とどうつながるかが見えにくい。症例数は大事だが、教育体制の無いまま経験だけを重ねるのは研修医にも患者にもよくない。早くから「戦力」扱いされることへの不安もある。ロボットなど高度医療の経験は、初期研修で培うべき地に足のついた診療とは別。「どんな医師を育てるか」という理念を、病院と研修医が共有する
佐々木怜美(横市3年)若手医師の多様な価値観を病院はどう支えるのか研究・行政・産業界・起業・保険診療以外の医療サービスなど、医師が貢献する場は広がっている。臨床経験を積むことと、幅広い分野で活躍したい志向は相反しない。多様な志向の若手の挑戦を支えることが、病院の魅力にもなる
萱原慎太郎(千葉大4年)若手医師の「成長機会」はいかに保たれるべきかワークライフバランスは大切だが、若手は労働時間の短縮だけを求めていない。専門性を得るための「自己投資としての修練」を、安全な環境で十分に積みたい若手もいる。規制や指導側の萎縮で研修の負荷が下がりすぎる「ハイポ化」は、そのニーズとのミスマッチを生む
2日目10/25後日追記